選好判断
複数の対象から好きなものを一つ選択するとき、我々はその対象に関する知識、経験、好みなどを勘案し判断します。しかし、その判断は、対象の性質とは直接関係のない要因、たとえば対象を見る時間や、見る順番、他者の視線などによって「無意識のうちに」変化することが知られています。つまり、自分のココロと相談して選択しているつもりでも、そのココロは無意識のうちに偶然的に生じうる状況や環境の影響を受けているのです。 本研究室では、選好判断に影響を与える要因を調査し、さらにそのメカニズムを明らかにしようとしています。(2023.4.17更新)
接触による好意度変化
店で買い物を行うとき、商品に触って品定めをすることが多いでしょう。
商品に触ることで、商品の手触り、重さなどを知ることができます。
しかし、触感や重さが価値に関係のない商品であっても、
触れてみたいと思う人は多いのではないでしょうか。
商品に触れる行為は、買い物の楽しさを高め、その商品への評価も高める効果があることが報告されています(*)。
また、ネットショッピングでは、コンピュータマウスで画面を操作するよりも、
画面上に表示された商品の画像を指で触れて操作したほうが、買い物が楽しく、商品評価が高いとの報告があります(**)。
本研究室では、VR技術を用いて、画面上に表示された商品を、画面の前に突き出した手で操作すると、
マウスで操作するよりも、その商品への好意度が高まることを示しました[15]。
後述するように、この現象にはさまざまな要因が関係すると思われます。
本研究室では、物体に触る、見るといった接触がその物体への好意度や意思決定に与える影響を調べています。
*商品の種類や個人によって、影響の大きさは異なります。
**商品評価には影響がなかったとの報告もあります。
単純接触効果
事前に繰り返し接触することで、接触した対象の好意度が上昇することを「単純接触効果」と言います。 単純接触効果の研究としては1968年のZajoncの論文[1]が有名です。 Zajoncは、意味が分からない外国語の単語を実験参加者に事前に繰り返し(0~25回)見せた後に、 各単語の印象(良い-悪い)を7段階評価させたところ、数多く見せた単語ほど良い評価が得られたことを示しました。 単純接触効果はこれまで多くの研究者によって検証が行われ、視覚以外にも味覚や嗅覚でも効果が生じることや、閾下(サブリミナル:意識にのぼらない)の短時間の刺激でも効果が生じることが示されています[2][3]。 本研究室では、視覚、触覚、味覚、嗅覚で生じる単純接触効果と、次に説明する選好判断との関係を調べています。
サンプリング動作と選好判断
普段、我々は複数の対象を見比べて一つを選ぶことがよくあります。このような場合にも単純接触効果は影響するのでしょうか?図1はディスプレイに2つの選択肢(AとB)を異なる時間交互に提示して、好きなほうを選ばせる実験を示しています。
図1 2つの選択肢(AとB)を異なる時間交互に提示して選好判断させる実験
Shimojoらは2003年の論文[4]で、このような場合には、より長い時間提示された「A」のほうが「B」よりも高い確率で選ばれることを示しました。つまり、事前に見た時間や回数だけではなく、選好判断中に見る時間によっても選好が変化することが分かります。図1にて「A」と「B」をそれぞれディスプレイ(四角い枠)の左側と右側に示していることに注意してください。この場合、画面を切り替える毎に視線は左右に交互に動きます。Shimojoらは「A」と「B」をどちらも画面中央に提示した場合には選択確率に有意差が生じなかったことから、視線の動きが選好判断に寄与したと考察しています。
それでは、画面に「A」と「B」を並べて同時に示した場合にはどうなるでしょうか?
図2 2つの選択肢(AとB)を同時に提示した場合(a)の視線の動き(b)
視線はサッカード(跳躍性眼球運動)と呼ばれる高速な動きで図2(右)に示すように「A」と「B」を交互に移動します。この図の場合は、まず初めに「A」を見て、その後、「B」「A]「B」と続き、最後に「A」を見てどちらが好きかを決定しています(実験参加者は好きなほうのボタンを押します)。このとき、刺激が提示されてから選好判断にいたるまで、「A」を3回、「B」を2回見ており、さらに注視時間(対象を見つめる時間)を合計すると、「A」のほうが「B」に比べて長い時間見ていることが分かります。もし、単純接触効果が選好判断に影響しているのであれば、「A」のほうが「B」に比べて選ばれやすくなっているはずです。
複数の研究はこのような場合、最後に見たほうを選択する確率が他方を選択する確率よりも有意に高いことを示しています。 最後に見たものは、他方のものと比較して、等しい回数か、1回多く見ています。 したがって、単純接触効果によって、最後に見たほうが選ばれやすくなっている可能性があります。 一方、単純接触効果と関係なく、最後に見たものを選びやすい傾向があり、その結果として、 選択したものを見る回数が他方よりも多くなった可能性もあります。 Shimojoらの研究[3]では、好きなほうを選択する課題においては、この選択の偏りが生じた一方で、 嫌いなほうを選択する課題や客観的基準(どちらが丸いか)による選択課題では、この選択の偏りは小さかったことを示しています。 この結果は選択の偏りと選好判断(好きなものを選ぶこと)の関連を示しています。 一方、Shimojoらの報告とは異なり、選好判断課題と客観的基準の選択課題の間で選択の偏りに大きな差が生じなかったとの報告例もあります。 選択の偏りの原因は何か?また、自由に選択対象を見比べる(サンプリングする)場合にも単純接触効果が働くのか? 以上を明らかにするために研究を行っています。
本研究室ではこれまでの研究で、視覚の選好判断[4]だけでなく、 触覚や嗅覚の選好判断でも最後にサンプルしたものを選択する傾向(FSB:Final sampling bias)が生じることを明らかにしました[5][6]。 また、FSBは、選択肢を同じ時間、等しい回数、サンプルした場合にも生じることを示しました。 つまり、FSBは単純接触効果と関わりなく存在することを示しました。 さらに、あらかじめ指定された順序でサンプルした場合にはFSBは生じず、 自らの意思でサンプルする順序を決めた場合にのみ生じることを示しました[7]。 このことは、サンプルする行動が最終的な判断を促すことを示唆しています。
サンプルする行動の選好判断への影響は次のような実験でも示されています。 図3は2枚のハンカチを左右に並べて、触り心地だけで好きなハンカチ1枚を選ぶ実験の様子です。 このような実験では、上述したように多く触ったハンカチのほうが、より好まれます。 しかし、腕を台に固定して動かさず、手の下に2枚のハンカチを交互に置いて触らせた場合は、 多く触ったハンカチを好む効果は小さいことがわかりました[13]。 つまり、触ることで得られる触覚情報とは関わりなく、自ら腕をハンカチに動かす動作が 選好の偏りを生んでいることがわかりました。
もし、コンピュータが二つの候補から一つを選択する課題に取り組む場合、 まず、各候補を1回ずつ見て、それぞれに点数をつけ、より点数の高いほうを選択するでしょう。 これに対して人間は、二つの候補を繰り返し見たり、触ったりします。 そして、その見たり触ったりするパターンによって判断が変わります。 また、見たり触ったりすることは、情報収集だけでなく、判断することと密接に結びついているのです。 本研究室では、この人間の選好判断メカニズムを探る研究を行っています。
図3 2枚のハンカチを触り比べて好きなほうを選択する実験の様子
親近性と新奇性
ヒトは見慣れたもの(親近なもの)を好む一方で、新しいもの(新奇なもの)を好むこともあります。 相反するこの二つの性質を直接的に比較する実験をParkら[8]は行いました。
図4 親近性と新奇性が選好に与える影響を調べる実験(Aは毎試行提示して,もう片方は毎回新しいものを提示する)
図4に示すように、彼らは二つの対象から好きなほうを選択する課題を繰り返し行い、 片方は毎回同じもの(A)、もう片方は毎回新しいもの(B,C,D,E,)を提示しました。 そして、この実験の結果、対象が顔である場合には毎回提示されるAが選択される確率が試行を繰り返す毎に徐々に高くなり、 対象が風景である場合には、逆に新しく提示される対象(B,C,D,E)を選択する確率が徐々に高くなりました。 また、幾何学図形を用いた場合にはどちらへの偏りも生じませんでした。 このように対象の種類によって、親近なものが好まれる場合と新奇なものが好まれる場合に分かれることをParkらは示しました。
何故、対象によってこのような違いが生じたのでしょうか? ヒトは他人に警戒心をいだきます。繰り返し見せられることで警戒心が薄れて親近な顔を好むようになったのでしょうか? ヒトは新しいものに好奇心をいだきます。好奇心が新奇な風景を好む結果につながったのでしょうか? それとも、対象そのものの性質ではなく、対象の見た目の特徴(画像特徴)が影響したのでしょうか? 顔はどの顔も似通った画像特徴(形など)を持っているのに対して、風景は場所により画像特徴が大きく変化します。 このような画像特徴の違いが選好に影響を与えた可能性もあります。 本研究室では、現在、親近性選好と新奇性選好が生じる原因を研究しています。
視線手がかり効果
ヒトは他者の視線に注意を向けることによって、危険を察知したり、興味を共有したりします。Baylissらは他者の視線の先にある物体がより好まれるようになることを示しました[8]。
図5 他者の視線が選好に与える影響を調べる実験
図5に示すように顔の両側に対象(AとB)を提示して好きなほうを選択してもらうと、画面中央の顔の視線が向いている側の対象(この場合はB)を選択する確率が高くなることを彼らは示しました。しかし、この傾向は画面に提示される顔の印象によって変化すると思われます。そこで、本研究室では、視線を向ける人物や、選好を行う人の性別による変化を調べました。その結果、観察者は女性が視線を向けたときに影響を受けやすいことがわかりました。また、男性よりも女性のほうが影響を受けやすいことがわかりました[11]。 さらに、この現象は、視線を逸らした顔画像が短時間(8ms)だけ表示されて、観察者がそれに気が付かない場合(閾下)でも生じることを示しました[12]。このことは、他者の視線は無意識のうちに自動的に処理されて、高次の判断に影響することを示しています。
さらに、最新の研究では、誰もが他者の視線の影響を受けるのではなく、同性の間でも個人差が大きいことがわかっています。また、他者の視線だけでなく、矢印によっても好意度に変化が生じることがわかりました[14]。現在は、どのような個人特性が関係するかを調べるとともに、視線や矢印によるこれらの影響の応用を研究しています。
参考文献
[1] Zajonc, R. B. (1968). Attitudinal effects of mere exposure. Journal of Personality and Social Psychology, 9(2), 1・7. doi:10.1037/h0025848[2] Bornstein, R. F. (1989). Exposure and affect: Overview and meta-analysis of research, 1968・987. Psychological Bulletin, 106, 265・89. doi: 10.1037/0033-2909.106.2.265
[3] 宮本聡介・太田信夫編著 (2008). 単純接触効果研究の最前線. 北大路書房. ISBN 9784762826016
[4] Takashi Mitsuda, Mackenzie G. Glaholt
Gaze bias during visual preference judgments: effects of stimulus category and decision instructions
Visual Cognition, Vol.22, No. 1, pp.11-29, 2014.
doi:10.1080/13506285.2014.881447
Accepted Manuscript (pdf)
[5] Takashi Mitsuda, Yuichi Yoshioka
Taken last, selected first: the sampling bias is also present in the haptic domain
Attention, Perception, & Psychophysics, Vol.77, No.3, pp.941-947, 2015.
doi:10.3758/s13414-014-0803-3
Accepted Manuscript (pdf)
[6]Takashi Mitsuda
Preference modulates smelling behaviour in olfactory decision tasks
Journal of Cognitive Psychology, Vol.28, No.3, pp.341-347, 2016
doi:10.1080/20445911.2015.1108323
Accepted Manuscript (pdf)
[7]Takashi Mitsuda, Yuichi Yoshioka
Final sampling bias in haptic judgments: how final touch affects decision making
Perception, Vol.47, No.1, 90-104, 2018.
doi:10.1177/0301006617735003
Accepted Manuscript (pdf)
[8] Park, J., Shimojo, E., & Shimojo, S. (2010). Roles of familiarity and novelty in visual preference judgments are segregated across object categories. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 107(33), 14552-14555. doi: 10.1073/pnas.1004374107
[9] 満田 隆, 小松 相太 (2014). 飲料の選好判断における親近性の影響. 日本味と匂学会誌, Vol.21, No.3, pp.281-284.
[10] Bayliss, A. P., Paul, M. A., Cannon, P. R., & Tipper, S. P. (2006). Gaze cuing and affective judgments of objects: I like what you look at. Psychonomic Bulletin & Review, 13, 1061・066. doi: 10.3758/BF03213926
[11] Takashi Mitsuda, Tsuyoshi Yamamoto
Women dislike what men look at: gender difference in preference for gaze-cued objects
the Annual Meeting of the Psychonomic Society, 2015年11月(Chicago,IL)
[12]Takashi Mitsuda, Syuta Masaki
Subliminal Gaze Cues Increase Preference Levels for Items in the Gaze Direction
Cognition and Emotion, Vol.32, No.5, 1146-1151, 2018.
doi:10.1080/02699931.2017.1371002
Accepted Manuscript (pdf)
[13]Takashi Mitsuda, Jiawei Luo, Qiyan Wang
Exploratory hand movements enhance the liking effect in haptics
Perception, Advanced online, 2019.
doi:10.1177/0301006619864483
Accepted Manuscript (pdf)
[14]Takashi Mitsuda, Mio Otani, Sayana Sugimoto
Gender and individual differences in cueing effects: Visuospatial attention and object likability
Attention, Perception, & Psychophysics, Vol.81, No.5, 1890-1900, 2019.
doi:10.3758/s13414-019-01743-2
Accepted Manuscript (pdf) [15]Takashi Mitsuda, Qiyan Wang
Preference for Objects Handled Online using Virtual Touch without Haptic Feedback
The Transactions of Human Interface Society, Vol.24, No.4, pp.315-322, 2022.
doi.org/10.11184/his.24.4_315(open access)